▼1877年（明治10年）、現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛をリーダーとする西南の役（西南戦争）が起こった。▼これに対する明治新政府の戦費は莫大なものとなり、当時の税収の大部分を使い果たした。▼政府が財政難に陥る一方で、私設鉄道会社（民鉄）設立の機運が高まってきた。
仙川駅を出発する京王線の車両（2020年6月）
▼そうした中、ついに1881年（明治14年）、日本で初めての民鉄（私鉄）として日本鉄道が設立される。▼現在、鉄道博物館に保存・展示される蒸気機関車「善光号」は日本鉄道の第1号機関車であり、まさに「日本初の私鉄蒸気機関車第1号」となった。▼この機関車はイギリスのマニング・ウォードル社製だが、輸入された当時、船で隅田川を遡り、善光寺（埼玉県川口市）付近から陸揚げされ組み立てられたことから、「善光号」と命名されたという。
隅田川沿いの花壇（2022年3月）
▼日本鉄道の設立を皮切りとして、1880年代には相次いで民鉄（私鉄）が設立された。▼その営業距離は官設鉄道（国鉄）を上回ったという。▼民鉄（私鉄）各社は全国各地で競合するところとなり、新しいサービスの導入に力を注ぐようになっていった。
拝島駅に停車する西武拝島線の車両（2020年6月）
▼1872年（明治5年）に新橋～横浜間が開業した後、関西においても1874年（明治7年）に梅田停車場（現在の大阪駅）が開業し、大阪～神戸間にも官設鉄道（国鉄）が走るようになった。
京橋駅に到着する京阪電車の車両（2019年1月）
▼関西は現在でも「私鉄王国」とよばれるが、1885年（明治18年）には阪堺鉄道（現在の南海電気鉄道）、1895年（明治28年）には大阪鉄道城東線（現在の大阪環状線の一部）、浪速鉄道（現在の片町線／学研都市線の一部）、1905年（明治38年）には阪神電気鉄道、1910年（明治43年）には京阪電気鉄道、箕面有馬電気軌道（現在の阪急電鉄）、1914年（大正3年）には大阪電気軌道（現在の近畿日本鉄道）が次々と鉄道を敷設した。
京都～奈良間を結ぶ近鉄特急（2018年10月）
▼日本鉄道は1881年（明治14年）、岩倉具視をその発起人として設立された日本で初めての民鉄（私鉄）。▼現在の東北本線をはじめとして、常磐線、高崎線、八戸線の一部、山手線、赤羽線を敷設した。▼両毛線や水戸線を買収し、その傘下に収めている。
東北本線を走るE721系（2016年12月）
▼日本鉄道は1883年（明治16年）に上野～熊谷間を開通させる。▼現在の高崎線は大宮～熊谷～高崎間なので、この路線のうち大宮～熊谷間が後の高崎線の一部ということになる。▼残りの上野～大宮間は東北本線（愛称「宇都宮線」）であるが、開通時に設置されたのは上野駅、王子駅、浦和駅、上尾駅、鴻巣駅、熊谷駅なので、当時は大宮駅はなかった。
日本鉄道路線図（イメージ）
▼東北本線の敷設は当初、新宿から高崎・熊谷へ北上するルートや、新橋から東京市街地を通過するルートが検討されたが廃案となり、上野に仮の「北の玄関口」を設置することとなった。▼将来的には、ここから東京市街地を通過して新橋からの官設鉄道に連絡することを目指したが、結果的には市街地通過を実現することはできなかった。▼官設鉄道への連絡としては、品川～新宿～赤羽間の品川線、池袋～田端間の豊島線を開通させている。
西武鉄道池袋駅（2020年9月）
▼このうち、品川線は日本鉄道が官設鉄道への連絡線として、1885年（明治16年）に品川～新宿～赤羽間に路線を開いた。▼品川線は赤羽線の起源となるものだが、現在でいうところの赤羽線（通称「埼京線」）と山手線の一部が一体となって構成されている。▼「赤羽線」の名は現在でも、山手線の池袋駅と東北本線の赤羽駅を結ぶ路線の正式名称だが、現在の案内などにおいては使用されていない。▼「赤羽線」の名は1985年（昭和60年）以降使用されなくなり、その後はこの線路を通る列車はすべて「埼京線」として案内されるようになった。
新宿駅の埼京線ホーム（2020年7月）
▼日本鉄道は実質的には半官半民の鉄道会社であって、線路自体の建設については明治政府が担当した。▼たとえば、1882年（明治15年）に社長となった吉井友実は元薩摩藩士であり、元老院議官などを経て日本鉄道に入社するが、高崎までの線路敷設が完了すると、1884年（明治17年）には明治政府へと戻った。▼吉井友実の後を受けて社長となる奈良原繁は、青森まで全通させた他、水戸鉄道、甲武鉄道、両毛鉄道の社長も務めた。▼その後、元老院議官、衆議院議員、沖縄県知事などを歴任した。
京都鉄道博物館に保存される蒸気機関車（2019年1月）
▼当時、明治政府は「鉄道網は国がつくるべきものである」という考え方だったが、西南戦争により軍事費が増大した他、鉄道敷設計画を外国人に任せたことにより出費が拡大したということもあり、明治政府の財政は悪化していた。▼そうした中、官設鉄道による東京～高崎間が着工延期となり、華族・士族や商人らの出資により民間の鉄道会社が正式に設立されることとなった。▼「日本鉄道」という社名の通り、まさに日本全国に鉄道を敷設することを目的とした鉄道会社の誕生となった。
隅田川沿いの桜（2022年3月）
▼明治政府はこうした官設鉄道の代行としての民間資本の導入を大いに認め、日本鉄道に対しても官有地の無償払下げや民有地における明治政府買上げによる払下げ、免税や利益保証といった手厚い保護を与えることとした。▼そして、日本鉄道は順調に利益を上げていく。▼その営業区間内における東京～群馬間においては、養蚕が盛んであった群馬の生糸や絹織物を輸出品として港へと運ぶ役割を担った。▼また、1892年（明治25年）からは日本初の遊覧回遊列車の運転も行う。▼しかしその後、1906年（明治39年）に鉄道国有法が制定されると民鉄（私鉄）は国有化され、この時点において日本の鉄道の9割以上が国鉄となった。
小田急線の車内（2020年12月）
▼また、1914年（大正3年）になると、民鉄事業の改良進歩及び共同の利益増進を目的として軽便鉄道協会が創立された。▼その後、私設鉄道協会、鉄道同志会、鉄道軌道統制会、日本鉄道会、私鉄経営者連盟、日本鉄道会議所、私鉄経営者協会などを経て、2012年（平成24年）に一般社団法人日本民営鉄道協会となっている。▼「民鉄」は現代語における「私鉄」の別称であり、私鉄はその規模により大手私鉄、準大手私鉄、中小私鉄に分類される。▼大手私鉄について見ると、日本民営鉄道協会のホームページにおいては、東武鉄道、西武鉄道、京成電鉄、京王電鉄、小田急電鉄、東京急行電鉄、京浜急行電鉄、東京地下鉄、相模鉄道、名古屋鉄道、近畿日本鉄道、南海電気鉄道、京阪電気鉄道、阪急電鉄、阪神電気鉄道、西日本鉄道を大手16社と記している。