鹿島鉄道線(旧鉾田線)の歴史

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玉造・虹の塔(2022年2月)


鹿島鉄道線の廃線

鹿島鉄道が運営していた鹿島鉄道線は石岡~鉾田間を結ぶ鉄道路線でしたが、2007年(平成19年)に廃止となっています。

 

鹿島鉄道線廃線時の路線図

 

廃線の少し前には列車はほぼ1時間に1本程度運行されていて、石岡駅から終点の鉾田駅までの所要時間は1時間半弱程度で結んでいました。

 

鉾田駅跡(2022年2月)

 

廃線後、関鉄グリーンバスはほぼこの路線に沿った形式での路線バス(愛称「かしてつバス」)の運行を開始しました。

 

鉾田駅バスターミナル(2022年2月)

 

2010年(平成22年)になると、石岡~常陸小川(現在は「小川駅」)間の廃線跡はバス専用道となり、バスはこの道路を走って運行されるようになりました。また、茨城空港への連絡バス(石岡ルート)も石岡駅~小川駅間のバス専用道を経由して、茨城空港へと向かいます。

 

鹿島鉄道線廃線跡/新高浜駅付近(2022年2月)

 

鉄道の終点となっていた鉾田駅前にはバスターミナルがありましたが、廃駅後もそのまま使用されており、停留所名は「鉾田駅」となっています。

 

鉾田駅バスターミナル(2022年2月)

 

鉾田駅は「関東の駅百選」にも認定された駅でしたが、現在ではその駅があったのと同じ場所にホーム跡だけが残っています。そのプラットホームの崩れた姿がとても寂しく感じられます。

 

鉾田駅跡(2022年2月)


鹿島鉄道線の歴史

鹿島鉄道線を運行していた鹿島鉄道は1979年(昭和54年)に設立された鉄道会社でした。その前身は1922年(大正11年)に発足した鹿島参宮鉄道です。「鹿島参宮鉄道」はその名に示す通り、鹿島神宮への参拝客を輸送することを目的として設立されました。

 

鹿島神宮(2020年1月)

 

1924年(大正13年)に石岡~常陸小川間を開業した後、1926年(大正15年)に常陸小川~浜間、1928年(昭和3年)に浜~玉造町間、1929年(昭和4年)に玉造町~鉾田間が開通し、石岡~鉾田間が全通しました。

 

鉾田駅跡(2022年2月)

 

全通に先立ち、1927年(昭和2年)には浜駅から汽船により麻生、牛堀、潮来を経由して鹿島神宮までを結びました。浜駅から徒歩20分ほどの場所には、現在「道の駅たまつくり」があります。

 

「道の駅たまつくり」(2022年2月)

 

「道の駅たまつくり」は2001年(平成13年)に開業し、これには1992年(平成4年)に開園した霞ヶ浦ふれあいランド・水の科学館(2020年/令和2年閉館)が隣接します。

 

霞ヶ浦ふれあいランド・水の科学館[閉館](2022年2月)

 

さて、鹿島参宮鉄道は鉄道路線による「鹿島参宮鉄道」としての目的を達成することはできませんでしたが、汽船によりその目的を達成することになります。さらに、汽船事業としては1929年(昭和4年)に新たに佐原航路も開きました。しかしながら、汽船の利用客があまり増加せず、1931年(昭和6年)に鹿島鉄道船舶部の汽船事業は水郷観光汽船(現在のラクスマリーナ)に併合されてしまいます。

 

「道の駅たまつくり」からのぞむ霞ヶ浦の風景(2022年2月)

 

1965年(昭和40年)になると、鹿島参宮鉄道と常総筑波鉄道が合併して関東鉄道となりました。これにより鹿島参宮鉄道の石岡~鉾田間の路線は「関東鉄道鉾田線」となりますが、乗客数は振るわず、1979年(昭和54年)に鉾田線を関東鉄道より分離し、関東鉄道の完全子会社となる新設「鹿島鉄道」の「鹿島鉄道線」としました。しかしながら、その後も経営改善せず、2007年(平成19年)に廃止となりました。

 

霞ヶ浦大橋(2022年2月)