特急「こだま」の誕生と列車名としての「こだま」

1.特急「こだま」の誕生 2.列車名「こだま」

 

700系こだま「東京行き」(2019年1月)


特急「こだま」の誕生

こだま」が登場するまでの時代は、電車は短距離列車として充てられるものであり、長距離優等列車は機関車が客車を牽引する形で運行されていました。しかし、その騒音は大きく、乗り心地も悪かったため長距離列車としては不向きだったといいます。そうした中、東海道本線の全線電化が1956年(昭和31年)に完了し、国鉄では1957年(昭和32年)に90系(1959年/昭和34年以降は101系)が登場します。

 

京都鉄道博物館に展示される「こだま」(2019年1月)

 

90系(後の101系)はカルダン駆動方式を採用した電車でしたが、カルダン駆動方式とは電車において主電動機の回転を車軸に伝える装置の方式のことであり、この方式では伝達性能がよく、音が静かであるという特徴がありました。カルダン駆動方式は1960年代以降の日本の電車のほとんどで採用されている方式です。この90系(後の101系)の運行実績により、電車による長距離運転・高速運転が可能であるということが証明されたことになります。

 

90系(1959年/昭和34年以降は101系)が登場した翌年1958年(昭和33年)、「国鉄初の電車特急」として「こだま」が華々しいデビューを飾りました。当時客車列車のまま運行されていた「つばめ」および「はと」が東京大阪間を7時間30分で走行していたのに対し、電車特急「こだま」はこれを6時間50分で結ぶことを実現しています。

 

京都鉄道博物館に展示される「こだま」(2019年1月)

 

「こだま」には20系(後の151系)が投入されますが、これは車体の軽量化が図られた他、空気バネを使用した台車やディスクブレーキが採用されるなど、当時の最先端のさまざまな技術が取り入れられていました。また、全車両に冷暖房装置や回転式シートが装備され、ビュッフェが初めて登場しました。その後、東海道本線では線路の改良も行われ、1960年(昭和35年)には東京大阪間が6時間30分に短縮されています。人気を博した「こだま」は連日乗車率9割を誇り大成功を収めました。この大成功により「つばめ」や「はと」も1960年(昭和35年)には151系に取って代わられ、電車特急の運転が各地へ広がっていくようになります。


列車名「こだま」

1964年(昭和39年)に東海道新幹線が開業すると、列車名としての「こだま」は東海道新幹線の各駅停車タイプの列車名称として引き継がれることになります。後に「0系新幹線」と名付けられる電車が「こだま」にも充てられることとなり、東京新大阪間の所要時間も5時間に短縮されました。

 

青梅鉄道公園に保存展示される0系新幹線(2020年10月)