大阪電気軌道の設立と近畿日本鉄道の誕生

投稿者: | 2018-08-06

近畿日本鉄道(近鉄)の現行路線

近畿日本鉄道(近鉄)には、難波線2.0キロ・奈良線26.7キロ(大阪難波~近鉄奈良),京都線34.6キロ・橿原線23.8キロ(京都~大和西大寺~橿原神宮前),けいはんな線18.8キロ(長田~学研奈良登美ヶ丘),大阪線108.9キロ(大阪上本町~伊勢中川),名古屋線78.8キロ(伊勢中川~近鉄名古屋),南大阪線39.7キロ・吉野線25.2キロ(大阪阿部野橋~吉野)、生駒線12.4キロ(生駒~王寺),天理線4.5キロ(平端~天理),田原本線10.1キロ(新王寺~西田原本),信貴線2.8キロ(河内山本~信貴山口),湯の山線15.4キロ(湯の山温泉~近鉄四日市),鈴鹿線8.2キロ(伊勢若松~平田町),山田線28.3キロ・鳥羽線13.2キロ・志摩線4.5キロ(伊勢中川~賢島),道明寺線2.2キロ(道明寺~柏原),長野線12.5キロ(古市~河内長野),御所線5.2キロ(尺土~近鉄御所),生駒鋼索線2.0キロ(生駒ケーブル/鳥居前~生駒山上),西信貴鋼索線1.3キロ(西信貴ケーブル/信貴山口~高安山),葛城索道線(葛城登山口~葛城山上)という数多くの路線があります。

近鉄特急「橿原神宮前行き」(2019年1月)

その路線網は大阪府,京都府,奈良県,三重県,愛知県の2府3県にもおよびます。また、この総営業距離はJRを除くわが国の私鉄においては最長となっています

大阪電気軌道(大軌)の設立

近畿日本鉄道(近鉄)は1910年(明治43年)に奈良軌道として発足し、すぐに「大阪電気軌道(大軌)」と改称しています。大阪電気軌道(大軌)はまさに近畿日本鉄道(近鉄)の本流となる前身会社です。創業時は現在の奈良線にあたる上本町(現在の大阪上本町)~奈良(現在の近鉄奈良)間30.6キロのみの路線でしたが、その後路線の拡張や延伸を続けてきました。

(左)創業当時の上本町駅(右)創業当時の奈良駅

1926年(大正15年)には、1914年(大正3年)にその起点として開業していた上本町駅在阪私鉄初のターミナルビルとして大軌ビルディングを完成させています。大軌ビルディングは7階建てのドイツ建築であり、1階は新上本町駅となりました。まさに大躍進する「近鉄の象徴」でもありました。さらに、1936年(昭和11年)には大軌百貨店を開業しています。

上本町ターミナル整備完成記念乗車券

大阪電気軌道(大軌)のデボ1形は上本町(現在の大阪上本町)~奈良(現在の近鉄奈良)間が開業した1914年(大正3年)にデビューしました。正面に5枚窓、側面に3扉をもつ木製の電動客車であり、営業開始にあたって18両が製造されました。木製といえども従来のようにすべてが木造というわけではなく堅牢な鉄骨木造であり、将来の連結運転に備えて当時の車両としては最新の電機諸装置が取り付けられていました。車両はプラットホームと同一平面上で乗降できる平床式となっていました。デボ1形は後に200形と名称を変更し、奈良線や橿原線で廃車となる1964年(昭和39年)まで活躍しました。

近鉄創業70周年記念乗車券

参宮急行電鉄の合併と関西急行鉄道

参宮急行電鉄は1927年(昭和2年)、大阪と伊勢を高速電気鉄道で結ぶ目的により設立された鉄道会社です。1931年(昭和6年)には山田(現在の伊勢市)~宇治山田間を開通させ、桜井~宇治山田間を結んでいます。これによって、当時の大阪電気軌道(大軌)との間で乗り入れ運転を開始し、上本町~宇治山田間(大軌上本町~桜井間39.8キロ、参急桜井~宇治山田間97.5キロ)が全通しました。

上本町・宇治山田間(大軌・参急)全通50周年記念特急券

当時、上本町~宇治山田間の直通列車には急行と準急があり、急行は上下合わせて14本(上り7本、下り7本)のダイヤが組まれていました。途中の停車駅は八木,名張,伊賀神戸,中川,松坂,外宮前,山田となっており、その所要時間は2時間30分でした。その運行に使用された2200形は、青山付近の急勾配も高速運転ができる大出力モーターと発電ブレーキなど当時の最高水準の性能をもつ電車でした。座席の大部分はクロスシートとなっており、車内にはトイレや特別室なども設置されていました。

2215+3000形+2200形

1938年(昭和13年)には参急中川(現在の伊勢中川)~桑名間を開通させ、関西急行電鉄との間で乗り入れ運転を開始し、上本町~名古屋(現在の近鉄名古屋)間の直通運転を実現しました。1941年(昭和16年)になると、大阪電気軌道(大軌)は伊勢や名古屋へと進出していた参宮急行電鉄と合併し、「関西急行鉄道」と改称しました。関西急行鉄道は1944年(昭和19年)、まさに戦時下における陸上交通事業調整法により南海鉄道(現在の南海電気鉄道)との合併を余儀なくされ、近畿日本鉄道(近鉄)となりました。陸上交通事業調整法は1938年(昭和13年)に施行されましたが、戦時中、鉄道・バス会社などの整理統合の政策的促進を図るための法律です。たとえば、関西急行鉄道と南海鉄道が合併して近畿日本鉄道(近鉄)、阪神急行電鉄と京阪電気鉄道が合併して京阪神急行電鉄が誕生しています。

近鉄創業70周年記念乗車券

青山トンネルと新青山トンネル

上本町~宇治山田間における青山トンネルの工事は相当に大変な工事であったといわれます。青山トンネルは現在の大阪線の西青山~東青山間に位置し、その長さは3,432メートルになります。当時の青山トンネルは単線でしたが、曲線と勾配が連続するため難工事となりました。その後1975年(昭和50年)、新青山トンネルが完成したため、青山トンネルは廃止されています。青山トンネルが単線であったこと、33.3‰の勾配を抱えること、また曲線が連続するトンネルであることから、その勾配と曲線を緩和した新青山トンネルが建設されるに至りました。その長さは5,652メートルを誇ります。

近畿日本鉄道の誕生

近畿日本鉄道(近鉄)は1963年(昭和38年)に奈良電気鉄道、1964年(昭和39年)に信貴生駒電鉄、1965年(昭和40年)に三重電気鉄道を合併し、現在の近畿日本鉄道(近鉄)となっています。

近畿日本鉄道の変遷

1969年(昭和44年)に上本町百貨店新館を開業し、1985年(昭和60年)には上本町ターミナルが完成しました。

上本町ターミナル整備完成記念乗車券

このとき、都ホテル大阪,都ヘルスクラブ,近鉄劇場,近鉄小劇場,ABCギャラリー,近鉄百貨店上本町店などがオープンしています。

上本町ターミナル整備完成記念乗車券

またこの頃、近畿日本鉄道(近鉄)は最新の電子技術を搭載した「インバータ電車」となる1250系をデビューさせています。

(上)デボ1形 (下)1250系