両国駅と総武鉄道

「両国」の名

1657年(明暦3年)に両国では「振袖火事」とよばれる大火がありましたが、これは江戸市中の過半を焼失するほどの大火事でした。その犠牲者を供養する回向院が、現在の両国橋近くに建ちます。それをきっかけとして、周辺地域の開拓が実施されて隅田川に「両国橋」が架けられましたが、この橋が「両国」の名に由来します。

道路脇にある両国橋周辺の地図(2020年6月)

両国橋が架けられた当時は、隅田川の西側が武蔵国(現在の東京都の大部分と埼玉県および神奈川県の一部の地域)、東側が下総国(現在の千葉県北部と茨城県の一部の地域)であり、隅田川は二つの国境となっていました。両国橋は千住大橋に次いで二番目に隅田川に架けられた橋ですが、その正式名称は「大橋」という名でした。二つの国に架けられた橋であったことから、通称「両国橋」として親しまれてきました。

両国駅周辺(2019年10月)

その後、1693年(元禄6年)に新しい橋が架けられたときに「両国橋」が正式名称となっています。新しい橋が架けられる少し前の1686年(貞享3年)に、両国橋の東側の地域も武蔵国に編入されましたが、この辺りは「両国」という地名が残りました。両国には小さな店が立ち並んで「江戸一の繁華街」となりました。ここから、両国の花火や回向院の勧進大相撲が誕生します。

旧安田庭園

両国橋の架かる隅田川沿いの旧安田庭園へは両国駅からアクセスできます。旧安田庭園は江戸時代に築造された潮入回遊式庭園として整備された大名庭園です。この地は明治時代初期、旧岡山藩藩主であった池田家の屋敷でしたが、1891年(明治24年)には後に安田財閥の基礎を築く安田善次郎がこの地を買い求めて安田邸となりました。

旧安田庭園(2019年10月)

その後、安田邸が東京市に寄付され、その一部に東京市公会堂(後の両国公会堂)が建設されることになります。旧安田庭園の中央には隅田川の水を引き入れた池が配されており、周囲には散策路が廻らされています。

潮入回遊式庭園(2019年10月)

隅田川から水を引き入れたのは、潮の干満によって池の水位を上下させ、それとともに見え隠れする岩や護岸、島などの景観変化を楽しむという技法がとられました。

池の亀(2019年10月)

この地は常陸笠間藩本庄氏の下屋敷があった場所であり、1701年(元禄4年)にこの地を拝領した本庄因幡守宗資が造ったとされる大名庭園です。

旧安田庭園案内図(2019年10月)

旧安田庭園のひっそりした空間が東京のビル群の間に存在するかと思うと、とても不思議な気分になります。

旧安田庭園と東京のビル群(2019年10月)

旧安田庭園内には刀剣博物館がありますが、これは2015年(平成27年)に解体された両国公会堂の跡地に建設されたものです。1926年(大正15年)に竣工した当初は「本所公会堂」という名称でしたが、1941年(昭和16年)に「両国公会堂」と改称しています。大きなドームが特徴的な建物であり、790席のホールを擁して講演会の他、コンサートなどが行われていました。老朽化により2001年(平成13年)に使用が停止され、2015年(平成27年)に解体されました。

旧両国公会堂の模型(2020年6月)

その跡地にある刀剣博物館は、日本刀文化の普及を目的として日本美術刀剣保存協会の付属施設としてつくられたものです。1968年(昭和43年)に開館した当初は代々木にありましたが、2018年(平成30年)にこの地に移転しました。

両国駅と総武鉄道

両国周辺は、江戸時代の歴史と文化、相撲の文化などが残る地域であり、国技館、江戸東京博物館、旧安田庭園の他、回向院(えこういん)、すみだ北斎美術館などがあります。回向院は相撲発祥の地として知られる浄土宗の寺院であり、国技館には相撲博物館が併設されています。こうした名所の最寄り駅となるのが両国駅です。

両国駅(2019年10月)

両国駅は現在はJR東日本の駅ですが、もともとは1904年(明治37年)に総武鉄道が「両国橋駅」として開業したものです。両国橋駅は総武鉄道のターミナルとして開業し、東武鉄道も亀戸線(曳舟~亀戸間)を経由してこの駅に乗り入れていました。両国橋駅は開業当時、房総へ向かう総武鉄道と、北関東へ向かう東武鉄道の始発駅であると同時に、隅田川の水運とも接続する貨物の拠点となっていました。まさに、東京の「東の玄関口」として重要な駅だったといえます。

両国駅「幻のホーム」

両国駅には、日常的に総武線の列車が発着する1番線,2番線以外に、これらのホームとは別の場所にある3番線があります。

1番線・2番線ホームから見た3番線ホーム(2023年5月)

このホームは当時、房総方面へ向かう特急列車などが発着していた名残であり、貴重な鉄道遺産となっています。普段はシャッターで閉鎖されており定期列車は発着することがないので、「幻のホーム」ともよばれています。

3番線ホームへの階段(2023年5月)

このホームへの入口に通じる通路は「両国ステーションギャラリー」として開放されていて、両国駅の歴史や写真などが展示されています。

両国ステーションギャラリー(2023年5月)

1907年(明治40年)に総武鉄道は国有化され、1910年(明治43年)には東武鉄道が乗り入れを廃止しました。1931年(昭和6年)に「両国駅」とされ、1932年(昭和7年)には御茶ノ水駅まで開通し、現在の総武線となりました。

両国ステーションギャラリー(2023年5月)