鉾田線→鹿島鉄道線→かしてつバスへ

鹿島鉄道線の歴史

鹿島鉄道線は、常磐線の石岡駅から小美玉市および行方市を経由して鉾田駅へ至る27キロを結ぶ路線でしたが、現在は廃線となっています。

「ほっとパーク鉾田」に保存されるKR-505(2024年11月)

1924年(大正13年)に鹿島参宮鉄道の路線として開業した後、1965年(昭和40年)には関東鉄道鉾田線、1979年(昭和54年)には鹿島鉄道鉾田線、1989年(平成元年)には鹿島鉄道鹿島鉄道線となり、2007年(平成19年)に廃止となっています。

「ほっとパーク鉾田」に保存されるキハ601(2024年11月)

廃線の少し前には列車はほぼ1時間に1本程度運行されていて、石岡~鉾田間の所要時間は1時間半弱程度で結んでいました。

「ほっとパーク鉾田」に保存される駅名標(2024年11月)

かしてつバス

廃線後に関鉄グリーンバスはほぼこの路線に沿った形式での路線バス(愛称「かしてつバス」)の運行を開始しています。

新高浜駅付近(2022年2月)

2010年(平成22年)になると、石岡~常陸小川(現在は「小川駅」)間の廃線跡はバス専用道となり、バスはこの道路を走って運行されるようになりました。また、茨城空港への連絡バス(石岡ルート)も石岡駅~小川駅間のバス専用道を経由して、茨城空港へと向かいます。

茨城空港(2022年10月)

鹿島参宮鉄道時代

明治時代後期になると、行方地区を縦貫して鹿島神宮へ至る路線の敷設が提案されるようになります。1921年(大正10年)には、地元の有力者たちを中心として行方鉄道が設立され、1922年(大正11年)に「鹿島参宮鉄道」に社名を変更しました。

「ほっとパーク鉾田」に保存される車両(2024年11月)

鹿島参宮鉄道はその名に示す通り、鹿島神宮への参拝客を輸送することを目的として設立されました。1924年(大正13年)に石岡~常陸小川間を開業した後、1926年(大正15年)に常陸小川~浜間を延伸開業しました。

鹿島神宮(2020年1月)

続いて、1928年(昭和3年)に浜~玉造町間,1929年(昭和4年)に玉造町~鉾田間が開通し、石岡~鉾田間となりました。

関東鉄道時代~鹿島鉄道時代

1965年(昭和40年)に、鹿島参宮鉄道と常総筑波鉄道が合併して関東鉄道となりました。これにより鹿島参宮鉄道の石岡~鉾田間の路線は「関東鉄道鉾田線」となります。

「ほっとパーク鉾田」に保存されるキハ601(2024年11月)

しかし、自動車輸送の発展などにより乗客数は振るわず、1979年(昭和54年)に鉾田線を関東鉄道より分離し、関東鉄道の完全子会社となる鹿島鉄道を新設して「鹿島鉄道線」としました。

「ほっとパーク鉾田」に保存されるKR-505(2024年11月)

鹿島鉄道線は、通学客の輸送の他、葉タバコなどの農産物、自衛隊百里基地への燃料輸送などを担ってきましたが、2002年(平成14年)に燃料輸送が廃止され、さらに経営が悪化しました。

「ほっとパーク鉾田」に保存される車両(2024年11月)

その後も、鹿島鉄道の親会社となる関東鉄道や近隣自治体が経営支援をしてきましたが、つくばエクスプレスなどの開業により減収となった関東鉄道が経営支援を打ち切ることを決断し、ついに2007年(平成19年)に鹿島鉄道線は廃止となりました。

鉾田駅跡(2022年2月)

「道の駅たまつくり」と浜駅

鹿島鉄道線の浜駅は、鹿島鉄道線の駅のうち、最も霞ヶ浦の近くにあった駅です。かつては駅のすぐ近くから鹿島神宮へ向かう定期船が出ていた時代もあり、この辺りの交通の要衝でした。この浜駅跡から車で5分くらいの場所には「道の駅たまつくり」があります。

「道の駅たまつくり」(2022年2月)

「道の駅たまつくり」は2001年(平成13年)に開業し、これには1992年(平成4年)に開園した霞ヶ浦ふれあいランド・水の科学館(2020年/令和2年閉館)が隣接します。水の科学館は2024年(令和6年)に再整備されて「霞ヶ浦どうぶつとみんなのいえ」(屋内型動物園)となりました。

霞ヶ浦ふれあいランド・水の科学館(2022年2月)

また、「道の駅たまつくり」には近隣のシンボルとなる展望塔「虹の塔」があり、高さは64メートルとなっています。

玉造・虹の塔(2022年2月)

1926年(大正15年)に常陸小川~浜間が延伸開業された際、浜駅は当時の終着駅となりました。1927年(昭和2年)には、浜駅に隣接する発着場から汽船(霞ヶ浦航路)によって麻生,牛堀,潮来を経由して鹿島神宮までを結び、参詣客を運んでいます。

霞ヶ浦より遠くに見える筑波山(2022年2月)

1929年(昭和4年)、鹿島参宮鉄道は鉾田駅まで開業させ、全通となりますが、結果的には鉄道路線による「鹿島参宮鉄道」としての目的の達成、すなわち参詣客を鹿島神宮へ運ぶことはできませんでした。

霞ヶ浦大橋(2022年2月)

汽船事業としては1929年(昭和4年)に新たに佐原航路も開いていますが、汽船の利用客はあまり増加せず、1931年(昭和6年)に鹿島鉄道船舶部の汽船事業は水郷観光汽船(現在のラクスマリーナ)に併合されてしまいます。

「道の駅たまつくり」からのぞむ霞ヶ浦の風景(2022年2月)

終点「鉾田駅」

鉾田駅は「関東の駅百選」にも認定された駅でしたが、現在ではその駅があったのと同じ場所にホーム跡だけが残っています。

鉾田駅跡(2022年2月)

そのプラットホームの崩れた姿がとても寂しく感じられます。

鉾田駅跡(2022年2月)

鉄道の終点となっていた鉾田駅前にはバスターミナルがありましたが、廃駅後もそのまま使用されており、停留所名は「鉾田駅」となっています。

鉾田駅バスターミナル(2022年2月)

鹿島鉄道線はもともと、鹿島神宮への参拝客を運ぶことを目的としていましたが、結果的に鉾田駅が終着駅となりました。

鉾田駅駅名標(2024年11月)

これは当初の行方地区を縦貫して潮来,延方へ向かうというルートを変更して、発展しつつあった鉾田へ向かうというものでした。

「ほっとパーク鉾田」(2024年11月)

また、当時、計画中であった鹿島軌道(大洗~鉾田~息栖)とも結ぶことができるということで、経営上も有益だと判断されました。

鉾田駅バスターミナル(2022年2月)

かつての鉾田駅に保存されていたキハ601とKR-505は「ほっとパーク鉾田」に移設されて保存されています。

キハ601(2024年11月)

KR-505(2024年11月)

「ほっとパーク鉾田」には温泉や温水プール,トレーニングルーム,バーベキュー場などの施設があります。

「ほっとパーク鉾田」周辺の風景(2024年11月)