愛称「嵯峨野線」と嵯峨野観光鉄道

投稿者: | 2018-07-21

愛称「嵯峨野線」

山陰本線は、京都駅を起点として山口県下関市の幡生(はたぶ)駅へと至る長大な路線であり、その路線距離は支線を除いて673.8キロにもなり、在来線においては日本最長を誇っています。その長大な山陰本線のうち、京都~園部間には1988年(昭和63年)より「嵯峨野線」という愛称を設定しています。京都の観光地の一つである嵯峨野・嵐山方面へのアクセス路線として利用される他、通学路線としても利用されています。

快速「園部行き」(2017年10月)

嵯峨野線では特急列車と普通列車による運行がなされてきましたが、1990年(平成2年)に電化工事が実現し、2000年(平成12年)には快速が新設されました。さらに、2010年(平成22年)には複線化工事も実現し、現在では1時間に1本程度の快速が運行されています。

千代川駅の跨線橋から見た特急列車(2017年11月)

嵯峨野観光鉄道

1989年(平成元年)に嵯峨野線の電化工事および複線化工事準備のため、嵯峨(現在の嵯峨嵐山)~馬堀間において旧線から新線への切り替えが実施されましが、その際に廃止となっていた旧線を活用して観光専用鉄道を運行することになりました。

冬季期間中に京都鉄道博物館で休養するDE10形(2019年2月)

1991年(平成3年)にこうして完成したのが、トロッコ嵯峨~トロッコ亀岡間を結ぶ嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線です。現在では、年間100万人を超える観光客が利用し、人気路線の一つとして成長しています。

冬季期間中に京都鉄道博物館で休養するDE10形(2019年2月)

もともと現在の嵯峨野線に該当する区間(京都~亀岡間)を建設したのは京都鉄道という鉄道会社です。京都鉄道は1893年(明治26年)に設立された鉄道会社であり、当初は京都~舞鶴間の鉄道敷設を目指していました。1904年(明治37年)、当時の京都鉄道社長であった田中源太郎は、京都鉄道本社屋を兼ねた二条駅舎を完成させています。主要な停車場は大規模に設定し、用地買収も複線を見込んで行わなければならないと考えたため、二条駅舎は立派な建築となっています。

京都鉄道博物館の出入口となっている旧二条駅舎(2019年2月)

京都鉄道は1897年(明治30年)に京都~嵯峨(現在の嵯峨嵐山)、1899年(明治32年)に嵯峨(現在の嵯峨嵐山)~園部間を開業して全通としています。京都のまちはもともと、南側を除いて東山,北山,西山と険しい山に囲まれた地形となっています。このうち、後に嵯峨野線となる区間については深山幽谷の地であり、その線路敷設には苦戦を強いられた区間でもありました。その分、谷あいの車窓風景は素晴らしいものがあり、観光鉄道にはまさに適した場所であったともいえます。

冬季期間中に京都鉄道博物館で休養するDE10形(2019年2月)

新駅開業

2019年(平成31年)、嵯峨野線の京都~丹波口間において梅小路京都西駅が開業しました。

建設中の梅小路京都西駅(2019年1月)

新駅は、2016年(平成28年)にオープンして京都の新たな観光名所の一つとなっている京都鉄道博物館への最寄り駅となります。快速はこの駅には停車しません。

京都鉄道博物館(2019年1月)

花園駅

花園駅は1898年(明治31年)、かつての京都鉄道が新設開業した駅です。

花園駅ホーム(2017年10月)

昭和の初めごろには花園駅から島津製作所へ向けて引き込み線(島津専用線)が敷かれていたといいます。

ホームへ続く階段(2017年10月)


千代川駅

千代川駅は1953年(昭和10年)、亀岡~八木間にお隣りの並河駅とともに新設されました。

千代川駅ホーム(2017年11月)

千代川駅は2面2線の相対式ホームをもつ駅であり、1番のりばは京都方面、2番のりばは福知山方面行き列車が停車します。上り下り両ホームは跨線橋により連絡しています。

両ホームを接続する跨線橋(2017年11月)

上の写真の向こう側(京都方面行きホーム)、すなわち東口には小屋のような小さな駅舎がありますが、無人となっています。一方、こちら側(福知山方面行きホーム)、すなわち西口の駅舎は開業当時からの木造の駅舎であり、こちらが駅本屋となっています。

千代川駅西口駅舎(2017年11月)

線路に沿って大堰川(桂川)が流れます。

大堰川/桂川(2017年11月)

千代川駅を出て線路沿いに北上すると府道73号線に当たりますが、これを右折します。しばらく進むと、大堰川(桂川)に架かる月読橋(つきよみばし)が見えます。

桂川に架かる月読橋(2017年11月)