山手線・京浜東北線・根岸線[JR東日本]/相鉄本線[相模鉄道]

投稿者: | 2018-12-18

山手線

山手線とは品川~渋谷~新宿~池袋~田端間、またはこれに東北本線の田端~東京間、東海道本線の東京~品川間を合わせた部分(東京—神田—秋葉原—御徒町—上野—鶯谷—日暮里—西日暮里—田端—駒込—巣鴨—大塚—池袋—目白—高田馬場—新大久保—新宿—代々木—原宿—渋谷—恵比寿—目黒—五反田—大崎—品川—高輪ゲートウェイ—田町—浜松町—新橋—有楽町—東京)をさします。すなわち、運行系統上はこの路線上を緑色の電車が環状運転をしていますが、実際の山手線は環状していないということになります。       2015年(平成27年)より製造され山手線に投入されたE235系は、2017年(平成29年)に鉄道友の会のローレル賞を受賞しています。そのデザインは工業デザイナーの奥山清行氏が担当しています。

E235系(2020年12月)


「の」の字運転から環状運転へ

上野と神田の間がつながっていなかった時代、現在の山手線は「中野→神田→東京品川→渋谷→新宿→池袋→上野」のように「の」の字運転が行われていたといいます。 環状運転前の山手線

1925年(大正14年)になると、上野東京間の高架線が完成し、東北本線の乗り入れと山手線の環状運転が実施されるようになりました。そして、1932年(昭和7年)には、上野東京間の高架線を跨いで御茶ノ水駅と両国駅間が結ばれて、中央本線と総武本線がつながることになりました。  

東京駅に到着するE231系(2017年8月)
 

E231系はE235系が登場する前の車両であり、山手線では2002年(平成14年)にデビューしていますが、2020年(令和2年)に山手線からは引退しています。  

京浜東北線と山手線(2020年6月)


池袋駅

池袋駅の前身は日本鉄道品川線の池袋信号所であり、1903年(明治36年)にこの信号所が池袋駅となったものです。このとき、日本鉄道豊島線の池袋~田端間が開通しています。  

池袋駅駅名標(2020年6月)
 

池袋駅に近接するルミネ池袋店の正面玄関前には車輪が展示されていますが、この地はかつて東京鉄道教習所があった場所です。鉄道教習所は国鉄職員の養成機関であり、東京鉄道教習所は1924年(大正13年)~1954年(昭和29年)に存在したものです。その広大な敷地には校舎の他、大講堂、図書館、プール、寄宿舎などが建てられ、多くの鉄道マンがここで学んで巣立っていきました。  

池袋駅の近くにある車輪(2020年9月)


大塚駅

大塚駅駅名標(2020年7月)


田端駅

田端駅駅名標(2020年7月)


鶯谷駅

鶯谷駅はもともと、1912年(明治45年)に東北本線の駅として開業しましたが、実際の運転上はすでに運行されていた「上野~池袋~新宿~品川」の路線上の駅として設置されたため山手線の駅としての開業となりました。

鶯谷駅駅名標(2021年11月)
 

1925年(大正14年)になると、京浜線(現在の京浜東北線)が山手線の線路を利用して田端まで運転されるようになり、鶯谷駅には山手線に加えて京浜線(現在の京浜東北線)が乗り入れるようになりました。1988年(昭和63年)には、京浜東北線において快速運転が実施されるようになり、日中の時間帯は京浜東北線の列車が通過するようになりました。

秋葉原駅に到着するE235系(2020年7月)
 

2020年度(令和2年度)における鶯谷駅の1日の平均乗車人員は、山手線の駅の中では高輪ゲートウェイ駅に次いで少なくなっています。


西日暮里駅

西日暮里駅(2021年2月)

西日暮里駅(2022年6月)


日暮里駅

日暮里駅は1905年(明治38年)、日本鉄道の日暮里~三河島間が開通して現在の常磐線のルートが完成した際に開業しています。

常磐線の日暮里駅駅名標(2020年6月)
 

日本鉄道が国有化された後、1909年(明治42年)には線路名称制定により東北本線の所属駅となりました。1928年(昭和3年)には現在より少し北寄りにあった駅を現在地に移転し、1931年(昭和6年)には京成電気軌道(現在の京成電鉄)の駅が開業しました。この京成線との乗換改札口は東口橋上駅コンコースにあります。  

常磐線日暮里駅ホームから見た京成電鉄の日暮里駅ホーム(2020年6月)  

1977年(昭和52年)になると、東北本線・高崎線のホーム2つが撤去されたため5~8番線は欠番となりました。したがって現在では、0番線と1番線・2番線が京成線、3番線・4番線が常磐線快速、5~8番線が欠番(東北本線の線路のみ)、9番線・12番線が京浜東北線、10番線・11番線が山手線となっています。これ以外に、日暮里・舎人ライナーの日暮里駅と2階通路で連絡しています。  

常磐線日暮里駅のホームより(2020年10月)


秋葉原駅

1890年(明治23年)に日本鉄道が秋葉原貨物取扱所として開業し、国有化された後、1909年(明治42年)に線路名称制定によって東北本線の所属駅となりました。1925年(大正14年)に高架線が開通し、秋葉原駅では旅客営業を開始しました。

秋葉原駅駅名標(2020年6月)


高輪ゲートウェイ駅

高輪ゲートウェイ駅(2020年10月)


恵比寿駅

恵比寿駅(2020年1月)


渋谷駅

渋谷駅駅名標(2020年10月)


京浜東北線

1914年(大正3年)に新しいターミナル駅となる東京駅が完成しました。東京駅には島式ホーム4面8線が設けられ、1番線・2番線には電車線(山手線)、3番線・4番線には電車線(京浜線)、5番線・6番線には東海道本線長距離列車到着線(非電化線)、7番線・8番線には東海道本線長距離列車出発線(非電化線)が発着するようになりました。3番線・4番線の発着となる京浜線(通称「京浜電車」)は東海道本線の電車線(支線扱い)であり、東京駅開業日より東京~高島町(現在の横浜駅~桜木町駅間)間を結ぶことになりました。

秋葉原駅に到着する京浜東北線の車両(2020年7月)

1915年(大正4年)には横浜駅(現在の桜木町駅)が移転することになり、京浜線(通称「京浜電車」)の終点となっていた高島町駅は横浜駅(2代)に統合されて廃止となりました。これにより京浜線(通称「京浜電車」)は東京~横浜(2代)間となりましたが、その後すぐに桜木町駅(横浜駅初代)まで延伸されました。1925年(大正14年)になると、東北本線の東京~秋葉原間の電車線が完成したため、京浜線(通称「京浜電車」)の運転区間は田端駅まで延伸されました。さらに、1928年(昭和3年)には東北本線の田端~赤羽間の電車線が完成して赤羽駅まで延伸となり、1932年(昭和7年)には赤羽~大宮間が直流電化されたため大宮~横浜間がつながり全通となります。これにより、京浜線(通称「京浜電車」)と東北本線が結ばれることになり「京浜東北線」の成立となりました。

京浜東北線の車両(2020年7月)


根岸線

根岸線は横浜~根岸~大船間を結ぶ路線であり、1964年(昭和39年)に桜木町~磯子間が延伸開業したことにより、横浜~桜木町~磯子間を「根岸線」と呼称することになりました。このとき、京浜東北線との直通運転を開始しています。また、1970年(昭和45年)に磯子~洋光台間、1973年(昭和48年)に洋光台~大船間が開業して全通となりました。


相鉄線

相模鉄道は1918年(大正7年)に設立され、1921年(大正10年)に茅ヶ崎~寒川間を開業しています。その後、寒川~川寒川間,寒川~四之宮間,寒川~倉見~厚木~橋本間が開通しました。

相模鉄道12000系(2020年12月)

神中(じんちゅう)鉄道は1917年(大正6年)に「神中軌道」として設立され、1919年(大正8年)に「神中鉄道」と名称変更しています。1926年(大正15年)には二俣川~厚木間を開業しています。

相模鉄道12000系(2020年12月)

その後、二俣川~星川(現在の上星川)~北程ケ谷(現在の星川)~西横浜~平沼橋~横浜間を開通し、1933年(昭和8年)に現在の相鉄線のルーツとなる厚木~横浜間が全通となります。1943年(昭和18年)になると、相模鉄道が神中鉄道を合併しています。

相模鉄道12000系(2020年12月)