1.東武鉄道の歴史 2.東武東上線の歴史 3.東武スカイツリーラインと半蔵門線との直通運転 Θ押上駅Θ 5.特急「りょうもう」Θ 6.新田駅
東武鉄道90周年記念乗車券
東武鉄道の歴史
1987年(昭和62年)に発売された東武鉄道90周年記念乗車券には『テンダーじいさんのきっぷ』という小さな絵本が付いています。この絵本には『絵本で旅する、東武鉄道のむかし』というサブタイトルが付いています。
絵本『テンダーじいさんのきっぷ』
サブタイトル『絵本で旅する、東武鉄道のむかし』の通り、その内容には東武鉄道のあゆみについて書かれています。東武鉄道は1897年(明治30年)にその歴史がはじまり、その翌年にはイギリスから最初の蒸気機関車を輸入したということです。絵本ではその蒸気機関車が語ります。
「わしがイギリスからやってきて、東武鉄道ではたらきだしたのは明治32年。まだ、きみもきみのおとうさんも生まれてないころでな……」
この機関車はベイヤー・ピーコック社製の機関車であり、そのスタイルが好評でした。この機関車がタイトルにある「テンダーじいさん」ということになります。テンダーじいさんの話によると、東武鉄道の電車第1号「デハ1形」が走ったすぐ後に東上線が開通しています。
「東武のいちばん最初の電車だよ。まあ、わしのむすこみたいなもんさ。そういえば、彼が生まれたすぐ後だったなあ、東上線ができたのは。」
「生まれたのは明治44年。はじめは東武とは別の会社でな、仲間になったのは、大正9年さ。」
東武東上線を走る車両(2020年9月)
2012年(平成24年)から「東武スカイツリーライン」という愛称が付された「伊勢崎線」のターミナルは浅草駅です。テンダーじいさんによると、昔は「浅草」という駅名ではなかったようです。
「できたてのころは浅草雷門という名前でね。浅草と呼ばれるようになるのはもっとあとなんだ。」
さらに、テンダーじいさんによると駅にエスカレーターが付いたのも、浅草駅が日本初ということです。東武スカイツリーラインの起点となる浅草駅は東武線の他、東京メトロ、都営地下鉄の乗換駅となっています。東武浅草駅はもともと1931年(昭和6年)に「浅草雷門駅」として開業し、1945年(昭和20年)に「浅草駅」と改称しています。
絵本の裏表紙
絵本の表紙の裏には記念乗車券が3枚付いています。「草加ゆき」の切符には主幹制御器用逆転ハンドルと制動弁ハンドル、「曳舟ゆき」の切符には3種類の制帽(駅長用、助役用、駅務・乗務員用)、「久喜ゆき」の切符には改札開鋏(かいきょう)が描かれています。
3種類の記念乗車券
主幹制御器用逆転ハンドルは運転席で電車の前進と後進に使用し、乗務が終わるとこれを取り外し、次の運転士に手渡します。制動弁ハンドルは電車のブレーキ調整を担います。これも乗務が終了すると取り外され、次の運転士へとバトンタッチされます。制帽については、駅長用には金のラインが2本、助役用には1本入っています。改札開鋏は切符を切るためのハサミです。駅によってその切り口の形が異なります。
東武東上線の歴史
「東武東上線」こと東上本線は池袋~寄居間を結ぶ路線です。1911年(明治44年)に東上鉄道が設立され、1914年(大正3年)に池袋~田面沢間が開通し、池袋、下板橋、膝折(現在の朝霞)、志木、鶴瀬、上福岡、川越町(現在の川越市)、田面沢の9駅を設置しました。1916年(大正5年)には川越町(現在の川越市)~田面沢間を廃止し、田面沢駅も廃止となりました。また同年、川越町(現在の川越市)~坂戸町(現在の坂戸)間を開業しています。
池袋駅に停車する準急「川越市ゆき」の車両(2020年6月)
1920年(大正9年)に東武鉄道と東上鉄道が合併した後、路線延伸や新駅開業および駅名改称が続きます。1943年(昭和18年)には越生鉄道(坂戸~越生間)を買収し「越生線」となりました。
東武東上線を走る車両(2020年9月)
1987年(昭和62年)には地下鉄有楽町線との相互直通運転を開始し、2008年(平成20年)になると地下鉄副都心線との相互直通運転を開始しました。また、2013年(平成25年)には地下鉄副都心線を経由して東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線との相互直通運転を開始しています。
上板橋駅駅名標(2020年9月)
志木駅
志木駅(2020年8月)
朝霞台駅
朝霞台駅(2020年8月)
東武スカイツリーラインと半蔵門線との直通運転
東京メトロ半蔵門線と乗り入れをしている東武伊勢崎線は浅草~伊勢崎間を結ぶ路線です。東京の新名所となる「東京スカイツリー」が完成してからは、その一部区間である浅草~東武動物公園間、押上~曳舟間に「東武スカイツリーライン」という愛称をつけています。
半蔵門~三越前間開通記念乗車券
一方、半蔵門線についてみると、1972年(昭和47年)に渋谷~三越前間において地下鉄工事が開始されました。1978年(昭和53年)にこれを「半蔵門線」と命名して渋谷~青山一丁目間2.7キロを開業しました。このとき、渋谷から東急田園都市線への乗り入れを開始し、長津田までの直通運転を開始しています。
半蔵門~三越前間開通記念乗車券
住吉駅(2021年9月)
清澄白河駅(2021年6月)
大手町駅(2022年7月)
その後、1979年(昭和54年)に青山一丁目~永田町間を単線開業し、1982年(昭和57年)にはこれを複線化し、さらに永田町~半蔵門間を開業しています。平成時代に入ってからは、1989年(平成元年)に半蔵門~三越前間、1990年(平成2年)に三越前~水天宮前間、2003年(平成15年)に水天宮前~押上間を相次いで開業しています。このとき、東武伊勢崎線への乗り入れを開始しています。
押上駅
現在の押上駅には相互直通運転をする京成押上線、都営浅草線が乗り入れる他、同じく相互直通運転をする東京メトロ半蔵門線と東武伊勢崎線が乗り入れています。半蔵門線と伊勢崎線の相互直通運転を開始したのは2003年(平成15年)ですが、このとき連絡通路で結ばれていた半蔵門線の押上駅と伊勢崎線の業平橋駅の連絡通路は遮断されました。
押上駅駅名標(2021年6月)
東京スカイツリーの完成を間近に控えた2012年(平成24年)、業平橋駅は「とうきょうスカイツリー駅」と改称し、押上駅には「スカイツリー前」という副駅名が付されました。
記念切符には「帝都高速度交通営団」とありますが、これは現在の東京地下鉄(東京メトロ)の前身であり、2004年(平成16年)に事業が継承されています。帝都高速度営団(いわゆる「営団」)は東京の地下鉄を運営するために、1941年(昭和16年)に設立された鉄道会社です。もともとは民間鉄道による出資も含まれていましたが、1951年(昭和26年)以降は国および東京都による出資のみとなり、公法人となっていました。
半蔵門~三越前間開通記念乗車券
愛称「東武スカイツリーライン」の終点となる東武動物公園駅から北へ向かう日光線は、東武動物公園~東武日光間94.5キロを結びます。東武動物公園駅は1981年(昭和56年)に東武動物公園が開業した際に、「杉戸駅」から駅名を改称しています。日光線は1929年(昭和4年)に杉戸~新鹿沼間が開通し、下今市、東武日光へと延伸開業しています。東武動物公園駅を出るとすぐに伊勢崎線と分岐して北上し、利根川を渡ります。分岐した伊勢崎線は久喜を過ぎて、羽生、館林、足利市、太田、伊勢崎へと向かいます。日光線は利根川を渡った後、渡良瀬川としばらく並走してこれを渡り、栃木へと向かいます。
特急「りょうもう」
特急「りょうもう」は、伊勢崎線・桐生線を経由して主に浅草~館林・足利市・太田・伊勢崎・佐野・葛生・新桐生・赤城間を結ぶ列車であり、200系または250系の特急車両で運行されています。200系は1991年(平成3年)、250系は1998年(平成10年)に登場しますが、200系が登場した際に「りょうもう」は急行から特急となりました。
特急「りょうもう」号の前面(2021年6月)
車内のシートは大型回転式リクライニングシートとなっていて、向かい合わせにシートを回転することができるようになっています。窓際には折りたたみテーブルが付いています。
特急「りょうもう」号の座席(2021年6月)
また、500系の特急車両を使用して運行される列車は「リバティりょうもう」と称されます。「リバティ」は2017年(平成29年)に登場した列車であり、500系の特急車両の愛称となっています。車内にはWi-Fi環境が整備され、各座席にコンセントや背面テーブルも設置されていて、PCやスマホの利用にも便利な仕様となっています。
特急「リバティ」(2022年6月)
五反野駅
五反野駅(2021年8月)
新田駅
新田(しんでん)駅は草加市にある駅ですが、江戸時代の開墾によって現在の草加市の地域においても「新田」と名付けられた村は120村にもなるといいます。新田駅が開業した1899年(明治27年)になっても、この辺りは「新田村」とされていたため、その駅名の由来となりました。
新田駅駅名標(2021年10月)