門前仲町駅から富岡八幡宮へ

投稿者: | 2026-03-13

門前仲町駅

門前仲町駅には東京メトロ東西線と都営地下鉄大江戸線が乗り入れています。駅名の通り、富岡八幡宮や深川不動堂の門前町として、江戸時代より栄えてきました。

門前仲町駅(2022年3月)

富岡八幡宮

門前仲町駅より歩いてすぐの場所に富岡八幡宮(通称「深川八幡宮」)があります。富岡八幡宮は1627年(寛永4年)、長盛法印が永代島に創祀したのがはじまりであり、同じ地にはその別当寺院として永代寺(1868年廃寺)も建立さました。周辺には門前町が形成されるようになり、その地名の由来となっています。

富岡八幡宮(2022年3月)

富岡八幡宮の境内には伊能忠敬像があります。伊能忠敬は50歳の頃、家督を長男に譲って富岡八幡宮の近く(現在の門前仲町1丁目)に隠宅を構えていました。

伊能忠敬像(2022年3月)

1800年(寛政12年)の56歳の頃、伊能忠敬は早朝に富岡八幡宮を参拝した後、蝦夷地測量(第一次測量)の旅に出かけました。伊能忠敬は74歳で人生を終えるまで、10回の測量の旅に出かけていますが、第一次測量の旅から第八次測量の旅まで8回に渡り、その出発の際、必ず富岡八幡宮を参拝して旅の無事を祈願しました。

富岡八幡宮(2022年3月)

また、富岡八幡宮は江戸勧進相撲発祥の地であり、歴代大関を顕彰した大関力士碑が建てられています。これは明治時代に歴代横綱の名を刻んだ横綱力士碑に次いで建てられたものです。

大関力士碑(2022年3月)

松平定信海荘跡

この富岡八幡宮から永代通りを東へ歩き、南へ下って東富橋を渡った場所には松平定信海荘跡(はまやしきあと)があります。

東富橋(2022年3月)

松平定信は寛政の改革を断行したことにより有名な江戸時代の人ですが、海荘は「深川海荘(ふかがわはまやしき)」ともよばれた松平定信の抱屋敷(かかえやしき)です。抱屋敷とは江戸幕府から拝領した屋敷ではなく私邸であり、松平定信は隠居後の1816年(文化13年)にこれを手に入れています。

松平定信海荘跡(2022年3月)

松平定信は政治家・学者としてだけではなく造園家としても知られており、浴恩園(よくおんえん/築地)、六園(りくえん/大塚)、三郭四園(さんかくしえん/白河=現在の福島県)、南湖公園(なんここうえん/白河)といった庭園を造りました。こうした庭園の趣向を取り入れて海荘にも庭園を築きました。園内には東西に2つの池があり、池を掘った際の土で築山を築きました。